『ボタンを押すだけで高収入!未経験歓迎!』
見るからに怪しい。いつもなら詐欺を疑う。
それなのに、この広告を見た瞬間何かに引き寄せられるような感覚があった。「呼ばれている?しかし……なぜ?…………とりあえず……やってみ……」
──気づけば俺はこの怪しげな募集に応募していたようだ。
面接は驚くほど淡々と進んだ。特に怪しい勧誘もなく、初期費用を請求されることもない。拍子抜けするほどあっさりと俺は即日採用を告げられた。
「では、案内しますね」
面接官に連れられ、俺は職場へと向かった。
通されたのは、薄暗く無機質な部屋。ずらりと並ぶ机。その一つに座ると、目の前にはシンプルなパネルが置かれていた。中央にはたったひとつのボタン。
「ランプが光ったらボタンを押してください」
「本当にそれだけですか?」
面接官はこくりとうなずき、うっすらと笑みを浮かべた。
──本当にそれだけだった。
ランプが光ったらボタンを押す。ただそれだけ。
難しいことは考えなくていい。ノルマもない。失敗もない。
ランプが光る。ボタンを押す。
光る。押す。
光る。押す。
それを繰り返しているうちに、気づけば定時になっていた。
「続けられそうですか?」
俺はぼんやりとうなずいた。
翌日も、ランプが光るたびにボタンを押した。 何も考えなくても一日が終わる。
目が覚める。 出勤する。 ボタンを押す。 帰宅する。飯を食う。寝る。
──それらを繰り返しているうちに、季節がいくつも過ぎていた。
ある日、ふと時計を見て思った。
「俺、何年ここで働いてるんだ?」
最初は「とりあえずやってみよう」だった。
でも今、もう他の仕事を探す気になれない。
なぜならここ以外で働く自信がない。
求人サイトを開く。
「コミュニケーション能力必須」
「臨機応変な対応ができる方」
どれも自分にはできそうにない。
俺は何年もただボタンを押していただけなのだから。
ふと手を見る。 ボタンを押す以外に何かをした記憶がもう思い出せない。
それでもランプは光る。
そして俺は今日もボタンを押す。
──カチッ。
それだけの仕事。
それだけの人生──