寝室ではイッヌとヌコのにらみ合いが行われていた。
二匹は、長年にわたりどちらが飼い主に最も愛されているかを競い合ってきた。今日もイッヌとヌコの仁義なき戦いが始まる──
ベッドですやすやと眠っている主。ここはむやみに動いてはならない。焦って飛びついても、それが裏目に出れば逆に主を怒らせるだけだ。ここは慎重にタイミングを待つ。
イッヌはじりじりとベッドのそばに近づき、主の寝息のリズムを探る。ヌコはクローゼットの上から鋭い目で状況を見下ろし、最適な瞬間を計っていた。
──そして、ついにその時が訪れた。
主のまぶたがわずかにピクリと動いたのをイッヌは見逃さない。
「今だワン!!!」
勢いよくベッドに飛び乗り、主の顔をペロペロと舐めまわす。
「おはようワン!!!」
突然の猛攻撃に主はうめきながらも笑い、手を伸ばしてイッヌの頭をわしゃわしゃ撫でた。
「朝から元気すぎるって……もう……!」
「よし、作戦成功ワン!!! 」主の意識は完全にイッヌに向いている。これは間違いなく完全勝利だ!!!
イッヌは勝ち誇り、とどめの一手としてゴロンと転がる。
「ほらほら、お腹を撫でるしかないワン!!!」
「はいはい、ナデナデね……」
満足げに顔を歪め、飼い主の手に身を委ねるイッヌ。もう勝負はついたも同然だった。
──しかし、ヌコはまだ諦めていなかった。
クローゼットの上から静かにその様子を見つめる。
「……チッ、やられたニャ。ニャが……」
イッヌが自らの勝利を確信し、油断しているのが見て取れる。次の一手で必ず逆転してやる──そう心に誓った。
ヌコは音を立てずに優雅にクローゼットから降りると、何食わぬ顔でソファの横へと歩いていった。主のルーティンを考えると次の狩場はここだ。じっくりと獲物が来るのを待つ。
──案の定、主が満足したイッヌを置き去りにソファーへやってきた。しかし飛び乗るのはまだ早い。ここでガツガツ攻めてはイッヌと同じだ。どうしても差をつけなければならない。
まずはゆっくりと毛づくろい。
ちらりと視線を送ると主がこちらを見ている。「フフ、やはり注目を浴びるのは当然ニャ」
だが、まだだ。焦らして、焦らして、期待を膨らませるのが重要だ。
「ん? 今日は甘えに来ないのか?」
待ってました!!──しかし、 ヌコはわざとらしくため息をつき、「仕方ないニャ……」とでも言いたげに、のそのそと膝の上へ。
「あ……!」
主の声が上ずる。スマホを持つ手が止まり、すぐにヌコの背中へと伸びる。その瞬間、ヌコは喉をゴロゴロ鳴らしながらそっと体を寄せた。
「はぁ~~~……かわいい……」
「……フフフ、完全勝利ニャ!!! 」飼い主の全神経は今この瞬間完全にヌコへと向いている。「イッヌ! 貴様はすでに過去の存在ニャ!!!」
イッヌは目を見開いた。目の前の現実を受け入れられない。
「えっ!? な、なんでそんな特別扱いワン!? そんなのズルいワン!!」
鼻をひくつかせ、ソファの周りをウロウロするが、主の手はヌコの背中を離れない。
「こんなのおかしいワン!! オイラも膝に乗りたいワン!!! ワオーン!!」
ぴょんと飛び乗ろうとした瞬間、ヌコがゆっくりと目を開け、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「……甘え方にもセンスが必要ニャ。敗者は黙ってみてればいいニャ!」
「くっ……その余裕の顔…………悔しいワン……ッ!!」
だがその瞬間、主が突如イッヌを持ち上げ膝に乗せる。
「よしよし、お前もかわいいな~!」
「ワン!!」
イッヌはヌコを押しのけ、主の顔をペロペロ舐めまわす。
「!!?」
ヌコは耳をピクンと立てた。
「……ちょっと待つニャ……??? なんで負けた側に救済措置が入るニャ!?」
「ちょ、ちょっと……なんで私の時間を邪魔するニャ……!」
主の愛情は平等だったのだ。ヌコは歯ぎしりしながらイッヌを睨みつけた。
「……覚えてるニャ……今度こそ主の心は独占にゃ……!! ニャーオ!!」
二匹はにらみ合い、そしてすぐに主に飛びいた!!
「オイラの愛の方が強いワン!!!」
「愛なら誰にも負けないニャン!!!」
「ん? どうしたんだよお前ら」
次の瞬間、主が両手を広げ二匹をまとめて抱きかかえた。
ギュッ!!!
「あ~、幸せだな~~♡」
イッヌとヌコはお互いに目を合わせた。
「……これはどっちの勝ちニャ?」
「オイラの方がいっぱい撫でられたワン!」
「フン、バカめ。最終的に主の心を奪ったのは私ニャ!」
「むむ、オイラだって!!」
そしてまた、決着のつかない仁義なき戦いが始まる──
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