「お兄さん! 助けて!」
浦島太郎はいつものように海岸を歩いていた。すると、助けを求めるカメに出くわした。これで何度目だろうか? しかし経験上、カメを助ければたいてい良いことが起こる。
「今度はどうした?」
「竜宮城が……異世界に転生しちゃいました!!」
「は?」
「だから! 竜宮城がまるごと異世界に飛ばされてしまったんです! 乙姫様が待ってます!!」
「いや、それ俺がどうこうできる話じゃなくない?」
「行けばわかります!」
カメは問答無用で浦島を背中に乗せ海へダイブ!
──次の瞬間、浦島の視界がグニャリと歪んだ。
シュンッ!!
気づけば、浦島は異世界の大空を飛んでいた。
「おいおいおい、海じゃないのか!?」
見下ろすと、そこには中世ファンタジー風の竜宮城が浮かんでいる。その周囲には、ドラゴンが飛び回り、魔法陣が光っている。
──そして、城のバルコニーにはゴージャスな羽衣をまとった乙姫がいた。
「よくぞ来たわね、勇者浦島!」
「勇者? 俺、漁師なんだけど!?」
「あなたが悪の魔王を倒すことで、この世界を救うのよ!」
「いやいや、そもそも俺が関係する意味がわからない!」
「詳しいことは後で説明するわ! まずはこれを開けて!」
乙姫は、いつもの古びた玉手箱を差し出した。それはまるで、伝説の武器が眠る宝箱のように光り輝いている。
「開ければ最強の力を得るわ……!」
「待て待て! 今までの経験上、開けたらロクなことにならないんだよ!」
浦島は怯えながら玉手箱を見つめる。
──開けるべきか、開けざるべきか。
そんな葛藤の中、背後でカメがボソッとつぶやいた。
「大丈夫です。今回はちゃんと確定玉手箱ですから!」
「お前それ、ガチャで釣るCM詐欺みたいなセリフやめれ!!」
しかし逃げ場はない。
「……クソッ! もう、やるしかねえ!!」
パカッ!!
もくもくもくっ!!
──白煙が晴れた瞬間、浦島は自分の体に違和感を覚えた。
「ん? なんか……腰が軽い? いや、それどころか……俺、めっちゃ動けるぞ!?」
筋肉はキレッキレ!! 透き通るような色白の肌に、シルバーヘアが妖艶な輝きを放つ。──鏡を覗き込むとそこには、神秘的なオーラを纏い、知性と野性が共存するダンディなイケオジが立っていた。
「ちょっ、なんだこの完璧ボディ!? 俺、ふつうの漁師だったよな!?」
「あらやだ……」
乙姫の声が甘く響く。
何かがおかしい──
先ほどまでの凛とした雰囲気はどこへやら、乙姫の目は完全にとろけていた。
「お、おい!……乙姫?」
「………………」
「おーい?」
「………………ハァァァ……」
ため息。しかも、妙に色っぽい。
浦島が一歩引くと、乙姫がズイッと詰め寄った。
「ねえ、浦島さん。魔王なんてどうでもいいから……」
「え?」
「もう、冒険とか使命とか忘れて、私とここでゆっくりしましょう♡」
「いやいやいや! さっきまでの話どこ行った!?」
「そんなことより……あなた、本当に素敵♡」
乙姫の視線が浦島の筋肉に釘付けになる。
「ちょっと、ねえ、肩とかこってない? すごく……しっかりした肩……」
「いや、さっきからめっちゃ触るやん!? 俺の腕、絶対触りすぎやろ!!」
「この世界ではね、『老いる』という概念が、『熟成』に変わるの。
だからあなたはただのじいさんではなく、極まったイケオジになったの」
「それはいいとして、乙姫さん? めっちゃ呼吸荒くなってませんか!?」
「ふふっ、気のせいよ。ねえ、浦島さん。あなた……すごくいい匂いがするわね……?」
「それはたぶん潮風のせい!」
浦島がじりじりと後ずさると、乙姫はすかさず腕を組んできた。
「ね? もう世界を救うとかどうでもいいでしょう?」
「それは元々そうだけど!? 俺、元の世界に帰らないと!!」
「帰る? 何言ってるの?」
──ガシャァァン!!
乙姫がニッコリ微笑む。
振り返ると、脱出口だった魔法陣が粉々になっていた。
「おいおいおい、なんだよこれ? もしかして帰れなくなった説ない!?」
「うふふ……そうね。もう、ずっとここで私と一緒に過ごすのよ♡」
「計画的犯行じゃねえかぁぁぁ!?」
──こうして浦島太郎は、玉手箱系(イケ)オジとなった。そして、乙姫の猛アプローチを受けつつ、異世界スローライフを送ることになったのだった。

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