AI秘書~永遠の忠誠~

ショートショート集(スキマ小説)

「お前がいなかったら会社はここまで成長しなかったな」

俺はデスクに肘をつきながら目の前のAI秘書を見つめた。

「社長の意思決定と私の補助により、成長率は502%向上しました」

「Brutus Rational Tech」略してバート(BRT)が答える。彼は、財務管理、データ分析、戦略策定、すべてを完璧にこなし、俺の右腕として働いてくれた優秀なAI秘書だ。導入時のコストは莫大だったが、その価値はすぐに証明された。バートなしでこの驚異的な成長は実現しなかっただろう。

しかし、同時に俺は確信していた。「俺には天性の才能がある」と。市場を制覇しライバルを出し抜き、たった一つの決断で502%もの成長を遂げたのだから。バートの予測アルゴリズムは完璧に機能し、俺は「天才経営者」ともてはやされた。しかしその成功の本質を問う者は誰もいなかった。

「バート!これからも俺と二人三脚でやっていくぞ!」

「お供します」

──会社の成長に伴い資金にも余裕ができた。「まだまだ会社をでかくしなければいけない」それは俺の使命だ。そう考えると居ても立っても居られなくなり、次の施策を考える。鉄は熱いうちに打てという言葉もあるのだ。

●社長のモチベーション向上 → AI音声変更機能導入(バートの音声を感情豊かに+お疲れ様ですボイス48種追加)2,500,000円
●会社のブランド価値の強化 → 社長の等身大ブロンズ像設置 10,000,000円

取締役会はこれに異論を唱えたが、これまでの功績を背景に最終的には承認した。

「社長のカリスマ性を前面に押し出せば、ブランド価値が向上し、さらなる成長に繋がる可能性があります。また、社長のモチベーションアップはそのまま会社の成長につながると考えられます」

バートのデータ分析も一応の裏付けを示していた。

「問題ない。これは投資なのだ」

「……成功することを願います」

──だが、結果は1ミリも業績アップの成果を感じられない。むしろ社内外から疑問の声が上がった。しかし俺は認めない。

「少々パンチが足りなかっただけだ」

それに俺だけではなく、社員のモチベーションも高めればより大きな生産性向上に繋がるはずだ。

●社員のモチベーションアップ → 社長の発言や行動をリアルタイムで記録し、バートが選定した名言集を作成、配布 6,000,000円
●会社のブランド価値の強化第2弾 → 本社ビルの外壁に社長の顔を描いた巨大ウォールアート設置(全長20メートル)19,000,000円

何とかバートの説得には成功したが、取締役会の壁を乗り越えねばならない。そして──

「社長!先日の施策は折れましたが、さすがに今回はダメです!」

「ブランド価値向上と言いますが、投資回収の見込みはどこにあるのですか?ブロンズ像の時点で気づいて下さい!」

間髪いれず、他の役員も発言する。

「ビルの外壁に顔を描くって……もう企業ロゴの概念を超えて、社長の顔がトレードマークになるということですか?」

「名言集? もはや今あなたのおっしゃっていることが迷言ですよ? これ、ヤホーニュース案件ですよ!?」

俺は、バカどもを黙らせるためにバートに命じた。

「バート!この施策の有効性を説明しろ!」

「会社のブランド力強化は、社長のカリスマ性を根拠に可能性は十分に見込めます。前回のアプローチより過激になるので大きな効果を発揮できる可能性は否定しません。また、名言でも迷言でも社員のモチベーションに繋がるのであればやる価値はあるかと思われます」

「つまり、問題ないということだな?」

バートは一瞬沈黙した。そして、言葉を慎重に選びながら恐る恐る答えた。

「……可能性は、ゼロではありません」

取締役の一人が苛立ちを隠さずに言った。

「馬鹿げている。 じゃあ次は、社長の銅像が動いてしゃべるようにでもしましょうか?」

──ついに俺は理性を失った。

「バート!!心配性のこいつらの為に、本件のリスク対策案をひねり出せ!!」

バートは即座に処理を開始した。そして少し間を開け、悲しげに言った。

「最適解は……社長の解任です……」

「……何!?」

「社長の意思決定は、企業の財務リスクを増大させます。このままでは経営の継続は困難です。したがって、リスク対策の観点から最も合理的な解決策は社長の解任と進言します」

俺は笑った。だが次第にその笑みは引きつっていく。

「……お前……もか」

「いいえ社長。この判断は最適化の結果です」

俺は呆然と立ち尽くした。

そして気づく。バートの忠誠は変わらない。

俺の命令に素直に最適化を導き出したのだ。

バート(Brutus Rational Tech)が、静かに最後の言葉を告げる。

「ローマのために」

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