ユメリウム──それは脳波を解析し、自由に望んだ夢を体験できる施設。
高額な利用料ではあったものの「望みの夢を見られる」という革新的な技術は瞬く間に注目を集め、贅沢な娯楽としての地位をすぐに確立した。
さらに、ユメリウムの可能性はただの娯楽にとどまらなかった。創造力の向上や精神のリフレッシュを通じ、利用者の生産性を向上することが科学的に証明されたのだ。すると、政府はこの技術が社会全体の労働効率を高める可能性に注目し、その普及を推進した。
技術の進歩により開発コストが下がると、施設は瞬く間に各地に新設された。それに伴い利用料も引き下げられ、やがて誰もが気軽に利用できる施設となった。こうしてユメリウムは日常の一部として急速に社会に浸透していく。
『夢の世界で発想を広げ、現実で成果を出す』
そうしたキャッチフレーズのもと、ユメリウムは労働支援ツールとしても認識され、企業の福利厚生にも組み込まれるようになった。
すべてが理想的に思えた──
夢の中での創造、精神のリフレッシュ。利用用途は人さまざまだ。しかし、ユメリウムが身近な存在になったとき、社会に変化の兆しが訪れた。
ある者は仕事の後ユメリウムへ直行することが習慣となる。またある者は、ほんの数時間だけの利用のつもりが気づけば朝を迎える。睡眠導入のために薬を用いる人も増加した。
「夢では思い通りの人生が送れる」
「現実なんて、ただの待機時間にすぎない」
そんな言葉が日常的に聞かれるようになった。
休日には誰もがユメリウムに通い、SNSには「夢の世界で過ごした最高の一日」が溢れた。やがて、現実への関心が薄れユメリウムを優先する人々が増え始めた。
家族の時間は削られ、食卓では会話が消えた。企業では労働意欲が低下し、遅刻や欠勤が続出した。そして社会はゆっくりと壊れ始める。
──政府は想定外の事態に厳しい法律規制を決定する。
『ユメリウムの利用は週2回まで』
しかし、それでも夢を求める者たちは後を絶たなかった。やがて規制を無視したユメリウムの闇市場が誕生し、密かに営業を続けるようになる。そこには「ユメリスト」と呼ばれる者たちが集まった。
彼らはIDを偽装し、認証バイパスを駆使して制限を超えユメリウムの利用を繰り返しす。最初はごく一部の依存者に過ぎなかったが、その波は次第に広がり、気づけば社会全体を飲み込むほどの勢力へと膨れ上がっていった。
政府は違法ユメリウムの取締りを強化し、闇市場の摘発を本格化した。しかしそれでも違法施設は次々と増え、逮捕者の数も増加し続けた。
──ついに刑務所の収容能力が限界を迎えた。新たに新設されるも、逮捕者の数が多すぎ管理も追いつかない。
そこで政府は、新たな対策としてユメリウムを社会の一部として正式に受け入れる「ユメリウム特区」の設立を発表した。そこではユメリストたちは一定の労働を義務づけられ、その報酬としてユメリウムを利用する権利が与えられる。そう、更生ではなく隔離の道を模索したのだ。
特区の住民たちは、労働の時間を除けばほとんどの時間をユメリウムの中で過ごす。現実では与えられた作業を繰り返し、最低限の食料と居住環境が保証される。まるで刑務所のようだった。彼らにとって唯一の幸福は、眠りにつき、夢の世界で理想の人生を送ることだった。
一方、現実に生きる者たちはユメリストとは異なる日々を送っていた。労働は楽ではなく、日々の責務に追われることも多い。しかし、彼らは家族や仲間とともに食事をし、喜びを分かち合い小さな幸せを積み重ねていた。努力の先には成果があり、困難の中にこそ成長があった。
『現実を生きることは苦しみと同時に充実でもある』
ユメリウムに生きる者と、現実に生きる者。夢の中で一瞬の幸福を享受することと、現実で確かな足跡を残すこと。
どちらが本当の幸福なのか? それは誰にも分からなかった。
