ある日、カメラマンの啓介は奇妙な夢を見た。
朽ち果てた古い屋敷の中、埃まみれの部屋に一台のカメラが置かれている。なぜかそれが自分を待っていたような気がした。
手を伸ばしそっと触れる──その瞬間、夢は途切れた。
目が覚めた啓介は心臓の鼓動が早まっているのを感じる。夢にしては妙にリアルだった。しかし、さらに異様だったのは枕元にそのカメラがあったことだ。
「……どうして?」
夢の中で触れた感触。黒くてずっしりしたフォルム。そして手動でフィルムを引き出すレバー、すべてが一致している。昔のポラロイドカメラのようだ。
不安を感じながらも啓介はそのカメラを手に取った。試しに恋人の結衣を撮ってみることにした。たしかに彼女は笑顔だった──はずなのに、写真に現れた結衣は涙を浮かべていた。
「……結衣?」
啓介は問いかけた。
「最近ずっと無理してたの。平気なふりをするのにもう疲れちゃった……」
彼女の言葉に啓介はカメラを見つめた。『本音』を映しだしているのだろうか?
──翌日、啓介は街へ出ることにした。カメラを携え人々の表情や仕草を観察しながら慎重にシャッターを切る。
まず、陽気に踊るストリートパフォーマーを撮った。彼は誰もが楽しんでいるように見えたが、写真が現れると疲れ切って膝を抱える彼の姿が映し出された。
次に成功者として名高い男を撮った。豪華なスーツを身にまとい笑顔を見せるその男。しかし、写真には怒り狂って酒を飲む彼の姿が映っていた。
「人はこんなにも仮面をかぶって生きているのか……」
そのとき、広場で遊ぶ子供たちの姿が目に入った。無邪気に笑い、鬼ごっこに夢中になっている。
思わず啓介はカメラを向けた。
シャッターを切ると、排出された写真がゆっくりと像を結ぶ。そこに映っていたのは──変わらない子供たちの姿。夢中で走る姿、純粋な笑顔、頬を膨らませる拗ね顔。誰も仮面をかぶっていない。
啓介はしばし考え込んだ。
「子供は正直なんだ。大人は仮面をかぶり始める。でも……いつから?」
その時啓介はふと思う。
「……今の俺はどう写る?」
恐る恐るカメラを向けシャッターを切った。現れた写真を見て啓介は息を呑んだ。
そこに映っていたのは──カメラを抱えながら怯える自分の姿だった。
「……やはり」
ふと幼い頃の記憶が蘇る。あの頃はただ感じたままに笑い、泣き、怒っていた。しかし、いつの間にか「大人らしく」振る舞うことを覚えた。本音を隠し、傷つかぬよう、傷つけぬように生きることを選んだ。
だが、それは本当に幸せなのだろうか?
啓介は静かに息を吐いた。そしてもう一度カメラを自分に向ける。
シャッターを切る。
写真がゆっくりと現れ啓介は目を見開いた。
──怯えが消えていたのだ。
驚きとともに啓介は気づく。カメラは本音を映し出す。それならばこれは──
啓介は写真をそっと撫で、微笑みながら静かにカメラを置いた。
