仕事帰り。男はふらりとゲームセンターに立ち寄った。ゲームが趣味というわけではない。ただ何かで気を紛らわせたかった。
最新のゲームに群がる子どもたちを横目に歩いていると、古びた機械が目に留まる。もぐらたたきだ。塗装は剥げ、ボタンの色も薄れている。懐かしさに誘われるようにコインを投入した。
カウントダウンが始まりハンマーを握る。
スタートの合図とともにもぐらが次々と顔を出した。瞬間的に叩く──しかし、叩いたそばから顔を出す。そしてまた叩く。──叩く。
──叩きながらふと思う。
(俺の人生もこれと同じじゃないか……)
昨日は徹夜で仕上げた報告書を上司に突き返され、今日は納期を急かされる別の案件が舞い込んできた。ノルマを達成すればまた次のノルマ。家に帰れば家族の問題──。片付けても片付けても新しい問題が顔を出す。終わりが見えない──
叩けど叩けど、終わらない。片づけても片づけても──
汗ばむ手でハンマーを握りしめる。目の前のもぐらを機械的に叩き続ける。
終わらない
終わらない──
終わるわけがない──
ブザーが鳴った。
その瞬間、全ての動きが止まる。
男はハンマーを持ったままぼんやりとモニターを見る。
スコアは89点。
「ああ……そうか」
当たり前だ。ゲームには制限時間がある。終わらないわけがない。
現実と重ね合わせて終わりが見えなくなっていた。いや、それはゲームに限らない。どんな仕事も、どんな問題も、終わる時は来る。錯覚していただけだ。
ハンマーを置くと肩から力が抜けた。
「……もう一回やるか」
静かに息を吐き、再びコインを投入する。

ショートショート集(スキマ小説)
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